汚泥の底日誌

文章力向上と自分の書きたいことを書き殴るためのブログです。

第1230回 いまだに「メロい」に迎合できない

常日頃からお世話になっております。

ケンロクエンです。

 

おかげさまで第1230回です。

 

近年突然現れて、爆流行りのうちに落ち着いて今や定着したかのようにある用語である「メロい」という言葉ですが、いまだにこの言葉を受け入れることができない自分がいます。

 

その字の如くメロメロにするから来ているこの言葉ですが、いくつか形を変えた派生系があり、こちらがメロメロになるような言動をしている相手に使うメロいにそんな相手にメロメロになる自分を指し示したメロつく・メロがるなど表現は多岐に渡り、その表現の根源たるメロメロについてもいつどんな時にする言動が他者をメロメロにするのかはふわっとしているので、そんな「Aの時にBに対して行ったCという行為がDという結果を生むためメロメロになる」をギュッと凝縮してメロいの一言にするのは極めて日本語的であると思いますし、Twitterや LINEなどの短文でのやり取りが主流の現代的であると感じます。

 

そんなメロいという言葉に俺がいまいち迎合できない理由、それは知らないところで流行り出して、気づいた時には流行り切っていたから。

 

ギャル文化というものがあります。

古くはギャル文字やムカ着火ファイヤーなど、ギャルの中で独自に形成された文化のことです。

そしてそれがギャルという枠を飛び越えることがあり、若者全体で流行ったり、一般的な言葉として根付くものもあります。

こうした狭い閉鎖的なコミュニティで独自の言葉や文化が形成されることは珍しくなく、ギャルに限らず身内や友人間でだけ伝わる表現をしていることは珍しくないのですが、それを俺が見た時にそれに乗っかることができないなと思うことがあります。

 

それは自分がその文化圏の人間ではないと感じた時。

 

この俺ケンロクエンが華の18歳俺っ子JKであることは否定はしません(肯定もしません)が、少なくともギャルではありません。

なのでギャル文化が流行りを見せたとしても「別の文化圏のもの」として認識するので、じゃあ俺もギャル文化、使っちゃおうかなぁ〜!とはならないわけです。

 

メロいについても同様で、カッコいい言動をしている人やアニメ・漫画のキャラクターについてカッコいい!とは思うものの、メロメロ及びそれに類する感情を抱いたことはないのでメロいという言葉やその派生系が自分の属する文化圏の言葉ではないといまだに感じているのです。

というかメロメロなんて生きててメロンパンナちゃんくらいしか言ってるのを聞いたことがない言葉が時を超えて形を変えて、現代的な言葉として新生するのがビックリです。

メロメロって言葉最初に考えた人すごいな!

 

しかしまぁメロメロという言葉自体曖昧模糊な表現なのに、それを改変したメロい、メロがるなんてもっとふわふわしているわけで……。

それでいて言いたいことはなんとなくわかるのがまた面白いですよね。

好きすぎて滅くらいには言葉の並びがしっちゃかめっちゃかみたいなイメージを受けるのに、共に言いたいことや言葉の持つ意味合いはなんとなく伝わるのは図らずも侘び寂びのもつニュアンスに近いような気がしています。

 

今後もこうして新しい言葉は生まれていくのでしょうけど、俺からしても古臭いと感じる言葉が若い感性でリブートされるとしたら、どんな言葉が選ばれるのでしょうか?

いまだにメロいに迎合はできませんが、その成り立ちや背景には興味深いものを感じています。

 

 

ではまた。

 

 

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第1229回 最近ゲームのエンディング見た?

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おかげさまで第1229回です。

 

もう半年以上前になりますが、FGOがストーリーの終幕を迎えましたね。

まぁ結局のところFGOは今でも元気に話が続いているので全然終わってないのですが、10年に渡るゲームのひとまずのエンディングということで同時期にそこまでたどり着いた友人とあーだこーだと話していました。

その中で友人がふとこぼした

 

「久しぶりにゲームのエンディング見た気がする」

 

という言葉に衝撃を受けました。

 

正直なところ俺も「確かに……!」と思いましたからね。

 

なんせ近年はソシャゲばかりでガッツリ系のゲームタイトルからは遠のいていた気がします。

ちょこちょこインディーズの小規模タイトルはやっていたものの、エンディングを迎えて大団円!なんてゲームをやったのは果たしていつの日か……。

 

ソシャゲに関しては終わらないのがソシャゲの売りで、何かの章ごとの区切りやイベントなんかでエンディングが流れることはあるものの、1つの物語をしっかり終わらせてエンディングというのはあまりありません。

サービス終了まで見届けても時間が来たらバツン!とゲームが切れてサービス終了の画面が出るのがソシャゲの終わり方で、ネトゲ的な文脈ですからね。

 

いやぁしかし盲点でした。

起きたらログボの回収で、暇を見つけてデイリー消化。

イベントクエストを周回し、手に入れたアイテムで強化強化でまた周回……とガッツリゲームをやってる気にはなってましたが、その実ソシャゲ漬けなだけで1本しっかりゲームを終わらせてなんかはまるでいなかったわけですよ。

 

無論ソシャゲが悪いわけではありません。

それも立派なゲーム体験ではあるのですが、久しく感じていなかったんです。

エンディングまでたどり着くあの達成感を!

 

長年続くインフレの波を乗り越えて、高難易度のクエストやステージをクリアするソシャゲの達成感も相応の面白さがありますが、完成された世界を終わりまで味わい尽くすのもゲームの華!

 

奇しくも今はまだSteamサマーセールの最中ですから、久しぶりにガッツリ系のゲームをクリアしようじゃありませんか!!

 

みなさんは最近ゲームのエンディング見ましたか?

 

ではまた。

 

 

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第1228回 監督やスタッフで作品って見る?

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某アニメ映画が炎上しています。

新作発表に伴いキャスト陣の総入れ替えが発表され、旧キャストでの作品は今作が最終作という触れ込みだったのですが、蓋を開けてみれば監督が過去に制作した作品の出演者が総出演で、作品の私物化ではないか?ということで物議を醸しています。

 

残念ながら自分はそのアニメ作品をあまり詳しく知らないのでにわか仕込みでアニメの内容について話すのは不粋ということでこれ以上は語るのを避けるのですが、ふと思ったのが監督とかスタッフで作品を見ることってそんなにポピュラーなことなんでしょうか?

俺自身オタクなので音楽を聴く時に作詞・作曲が誰かとかゲームのスタッフが誰かを注視することはあるのですが、全てが全てそういうわけではなく、ドラマなんかは監督とかスタッフを気にすることはありませんし、アニメとかでも作画監督とかは知識がないので気にしません。

 

そう考えると件のアニメ映画にしても、監督や監督が作った作品を知らなかったら「なんでこの作品にあのキャラが?」と否定的にこそならなくても疑問には思うかもしれません。

 

楽曲なんか聴いていても間奏のギターソロを聴いた時なんかに(おっ、あの人っぽさのあるギターソロだな)なんて思ったりしますが、スタッフに興味がない人からすると関係無い楽曲AとBに似たフレーズがあると感じるわけです。

もっと言えばパクリとか感じるかもしれませんし、作曲家を調べて同じ人だと知っても使い回しとか関係無い作品同士に類似性を持たせることの意義なんかを感じるかもしれません。

実際にはクセみたいなものでそこまで考えてないのかもしれませんけどね。

 

よく言えば作家性なのですが、原作者ありきの作品だと作品にフリーライドしてる感が出てしまうのでしょうか?

それがうまく作品と合致していたり、原作ありきの作品であってもうまくマッチングしていたらベストなのですが……。

 

でもやっぱりこうした監督やスタッフで作品を見るのって少数派だよなぁ〜。

俳優は言わずもがな、声優だってガンガン顔出ししながら出演や宣伝をする時代にあって、監督やスタッフ、作詞作曲編曲家なんかは好きな作品、楽曲であっても顔すら知らないなんてザラですもんね。

 

出すなとは言いませんが、塩梅ってのが大事なんでしょうね。

全てにおいてそうですが。

 

ではまた。

 

 

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第1227回 ASMRの台本とか書いてみたい

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ASMRはみなさん聞いていますか?

睡眠前のリラックスタイムや単純に内容を楽しんだり、その目的はさまざまですが、実のところ俺は全然聞きません。

というのも世にASMRというのが台頭してきた頃に興味本位で聞いてみたのですが、その時聞いてみたのが咀嚼音ASMR。

耳元で氷をシャクシャク食べたりするわけですが、音による安らぎよりも耳元で何か食べているというのが面白くなってしまってダメだったんですよね。

 

それ以来ASMRとは距離を置き、極稀に何個か聞くくらいではあったのですが、ASMRって安らぐためのものってわけではないんですよね。

 

なんでもないことがASMRになるその変化の部分など、面白さに焦点を当てたASMRもあり、自分が勝手にASMRのはいかなるものかというものを狭めていたと思ったんですよ。

 

それならばどういうものが面白いのか?というのを今度は考えまして、そこで思いついたのがありふれた日常の一幕をASMRにしてしまえば面白いんじゃないかというもの。

ことの発端は自分自身の原初の体験である咀嚼音ASMRで、何かを食べる音の心地よさよりも「何故この人は人の耳元でメシを食ってるんだろう?」というポイントが気になって面白くなってしまったこと。

 

物を食べる音や何かを裂いたり切ったりすることなど、ASMRはそういった聞いてて気持ちの良い音や小気味良い音、またはさまざまな言葉やシチュエーションに応じた寸劇を特殊なマイクを使ってあたかも耳元で聞こえるような形で流すものです。

でも当たり前ですがリアルでそれをやるのはシチュエーションとしてちょっと面白い。

耳元でメシをリアルで食ったり物を裂いたりするのは異様な光景でしょうし、ザクザク刃物を使って切ったりするのは割と怖い。

長時間耳元で寸劇を演じるのもミスのできない状況になるとか1人につき演者1人が耳元で寸劇を演じ続けるのがコスパが悪いというアレコレを差し引いてもやっぱり実際にやるのはちょっと面白い光景です。

 

また特殊なマイクを用いて耳元で聞こえるようにと書きましたが、実際に耳元でやるのとは聞こえ方が違うというのもあります。

おそらくASMRを聞く人は大多数がイヤホンやヘッドホンを用いてASMRを聞いており、そうしたデバイス、ガジェットを使って聞こえる音とリアルの音は当然ながら全然違います。

 

なんならコレを書いている時に紙を破るASMRと実際に自分の耳元で紙を引き裂いて音を出して聞き比べをしているのですが、全くの別物です。

イヤホンのノイズキャンセルによって周囲の雑音が消え去った状態でかつ、マイクの側の能力によってあたかも耳の内側で聞こえるかのような紙を破る音と、紙を持ち上げる時のパラリという音や実際に髪の破れる音、破いた紙を机に戻すまでの自分自身の動きやそれから生ずる音など音そのものの違いもさることながら、そこに至るまでとそれが終わってからの情報量がノイズになるのです。

シンプルな音の違いはもちろん、音を聞く部分にだけ集中できるASMRという分野とどうしてもその前後など余計なノイズが発生するリアルとは完全に違う物だというのが自分でやってみてハッキリとわかりました。

 

このASMRとリアルのズレにこそ面白さがあると思うんですよ。

紙を引き裂く音というリアルで存在する音もASMRというフィールドに特化させるとここまで違いが出るわけですからね。

 

そこで俺は考えました。

ありふれた日常の一幕や誰しも想像できるありきたりのワンシーンもASMRにしてしまえば面白くなるのではないかと。

 

たぶん探せばありそうなものとして、ラジオ体操ASMRとか面白そうです。

 

想像してください。

朝の眠い中に近場の公園に集まった夏休みの朝。

しょぼしょぼした目を擦りながら近所の友達と「おはよ……」なんて言いながら広場に等間隔で並び、カチッとラジカセのボタンを鳴らすと

 

『腕を前から上に上げて、大きく背伸びの運動……❤️』

 

可愛い声でもイケボでも絶対面白いと思うんですよね。

 

『朝の朝礼を始めます……❤️先月の売上は〇〇ほどで前年比で〇〇%売上がアップ❤️しました……❤️みなさん頑張ってくださりありがとうございました……❤️その一方でこの四半期では各位の早出・残業が増加傾向にあります……❤️各位の健康と会社都合ではありますが人件費及び各種経費削減のため、早出・残業の削減に協力お願いします……❤️そのためにも各種資格取得者は仕事を抱え込みすぎないようにして、資格保有者でないとできない仕事以外をうまく割り振るように、非資格保有者の方もお手隙の際はフォローアップお願いします……❤️また各部各課上長におかれましては資格保有者が非資格保有者へ仕事を割り振るのが負担にならないように、各位の仕事の状況を確認してなるべく上長の方から仕事の割り振りを行ってください……❤️それでは今日もよろしくお願いします……❤️』

 

言ってることは当たり前だったり、そういう経験のない人でもこういうことありそう〜と想像できるようなことでも、もしそれがめちゃくちゃ可愛い声やイケボだったらそれだけで面白そうですし、ましてやそれを耳元で吐息たっぷりに語りかけてるシーンというのは想像するだけで異様なシチュエーション過ぎて笑えると思うんですよね。

 

こんな話を友人としていたら、その笑いって新喜劇的な笑いですよね、と言われました。

日常のワンシーンが少しずつズレることの笑いは確かにそうで、ASMRというコンテンツで古典的な笑いをするのは確かにそうです。

 

その一方で「現代的な面白さとは違う気がする」とも言われました。

 

わかりやすくそして即物的に面白さを届けるのが現代的な、言葉は悪いですがいわゆる『ドパガキ』向けの面白さです。

YouTubeのサムネなんか見てるとパチンコの当たり演出みたいなギラついたサムネが並びますし、「TikTokで使えるから」という理由で近年はイントロ無しでサビから入る曲が流行りがちなんてことも聞きます。

ASMRもそもそもは心地よい音で安らぐコンテンツ、つまりはコレを聞くとリラックスできますよという前提でスタートする即効性のあるコンテンツでもあるので、現代的でもなければASMRとしての面白さとしてはちょっと方向性が違うのは納得です。

 

そうかぁ……と思って意気消沈しかけたところに言われた言葉が「でも世の中を動かしてるのはまだおじさんですよ」と。

おじさん肯定派のパプテマス・シロッコみたいな言葉に続くのは未だ世の中のコンテンツやそれを享受するメイン層、特にリラックス系やそこから派生するコンテンツを受け取るのがおじさん世代がメイン層である以上、今ならまだウケるかもしれないとのこと。

そして、いわゆるドパガキがドパおじになった時には通用しなくなるコンテンツの可能性があるので、本当にやるなら持って5〜10年以内に形にした方がいいんじゃないですか?と。

 

実際に俺はキャラクターによるASMRなどの音声コンテンツが流行り出した時に架空言語のASMRって需要あるよなというブログを書いたことがあります。

マクロスシリーズのゼントラン語やテイルズオブエターニアのメルニクス語なんかでASMRをしたら面白そうという内容で、オチとしてグロンギ語でASMRの一節みたいなのを書いたらその1年後くらいに実際にグロンギ語のASMRが世に出てバズったことがあり、あの一歩を踏み出せたのは俺かもしれなかった、自分が1発ネタで消費してゲラゲラ笑うという愚かな選択をしている間に真に勇気を持って踏み出す者によって置き去りにされてしまったという経緯があるので、この「ズレASMR」もウケるかどうかはともかく、1度だけでも何かしら形にはしたいなぁ、そのためにはASMR制作経験者とコネがいるなぁなんて考えている次第です。

 

ちなみにそれに続ける形でいろんな人から社会に出て言われた理不尽な罵詈雑言を集めてASMRにして、めっちゃいい声で囁かれたら理不尽な罵詈雑言でも耐えられるのかやってみたいと言ったら「それは人体実験みたいじゃない……?」引かれました。

 

それはそう。

 

 

ではまた。

 

 

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第1226回 操作説明エトセトラ

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近年あちこちで話題になるチュートリアル。

ユーザーフレンドリーなチュートリアルから取っ付きにくいチュートリアルにそれをちゃんとやる人、やらない人とチュートリアルに対する意見がアレコレ出ています。

俺もチュートリアルにはそれなりに思うことはあるのですが、個人的に気になるのは操作説明の部分です。

 

操作説明で冷める時ってたまにありませんか?

 

ゲームのチュートリアル、とりわけアクションゲームでは序盤にアクションの説明が入るのですが、ここでの操作説明がうまいこといってないとちょっと冷めちゃうことがあるんです。

その冷めちゃうというのがキャラクターがセリフでメタ的な発言をしてしまうパターン。

 

回避のチュートリアルでキャラクターが思いっきり「R2ボタンを押して回避よ!」とか言われるとスン……ってなってしまいます。

画面外に『回避:R2』とか表示したり、キャラクターのセリフは字幕でこそ「R2ボタンを押して回避よ!」となっているものの、セリフの音声そのものは「回避よ!」だけだったりとメタを切り離す努力をしてくれるだけでそれが軽減される気がします。

 

無論そういうメタ的なことを言っちゃうのがゲームとして一貫している作品ならそういうのもOKです。

逆にそういうメタ的な部分が無かったり、あったとしても極一部に止まるようなゲームでメタ的な操作説明が出てくるとあっという間にスン……です。

 

それを初めて感じたのがスーパーファミコン時代の話。

星のカービィスーパーデラックスやヨッシーアイランドでAボタンを押してこうだのYボタンでどうだの言われてもなんともなかったのに、ドラゴンクエスト6で天馬の手綱というアイテムを手に入れた時に初めて感じました。

 

この天馬の手綱、白馬ファルシオンが本来の姿であるペガサスの姿を取り戻し、その名の通り天を駆けるのはもちろんのこと、とある操作を行うことで狭間の世界と呼ばれる異世界に飛び立つことができる代物です。

そしてそのとある操作というのが「天馬の手綱に付いている青いボタンを押すこと」です。

 

青いボタン、要するにスーパーファミコンのXボタンを押せということなのですが、突然のメタ的な説明やそもそも手綱に付いてるボタンってなんだよなどの色々な思いが交錯してスン……となったのを覚えています。

 

ゲームに求めているところとしてゲームというフィルターを通してゲームの中にある世界を見ている節があるので、突然フィルターを越えてこちらに寄って来られるとその分引いちゃうんですよね。

逆にゲームの中にこちらが使っているのと同様のコントローラーが出てきたり、シナリオ上でコンソールパネルを扱う時に「このボタンを押せ!」とうまいことリアルとゲームをリンクさせる操作説明があるとテンションが上がりますね。

 

ゲームだけがこちらに寄るのではなく、こちらも共に寄り、ゲームが引く時はこちらも引く。

作品とリアルの間にあるゲームというフィルターからの距離感が等間隔であるのがゲームを楽しむ1つのポイントだと思ってるのですが、その中でチュートリアルや実際の動作を伴う操作説明はどつしてもゲームがこちらに寄らなければならない部分。

それゆえに安易に寄り過ぎるのではなく、うまくこちらも寄りたくなったり、画面内や地の文などでゲーム性やシナリオと操作説明うまく切り離すことでお互いの距離感を変えないなどの感じがあると没入感が増すので、操作説明から楽しくやっていきたいですよね。

 

 

ではまた。

 

 

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第1225回 学マスのPはおじさん受け良さそう

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やっていますか?学園アイドルマスター。

初星学園に通う学生アイドルたちを育てるこのゲーム、プレイヤーはプロデューサーとしてそれに挑むわけですが、このプロデューサーがやたらと有能。

アイドルたちの隠された才能や秘めた思いをエスパーさながらの超絶お察し能力で見透かすのは序の口で、一癖二癖に加えて尖ったセンスの持ち主であるアイドルの二手三手先を行くのはもちろんのこと、アイドルのご家庭の債務整理と失踪蒸発した親族を見つけてきたりと探偵さながらなスキルを発揮します。

まぁ失踪蒸発した親族というのは実際には意図的にアイドルにだけ行方を教えなかっただけなんですが、むしろ意識して隠しているものを見つけてくる方がヤバい気がします。

 

そして凄いところが学生の身分でありながら権力や年齢差に一切物怖じしないところ。

若さゆえの反骨心と言えなくもないですが、これからプロを目指すアイドルを預かりながらもそのアイドルが目指す先とも言える大手プロダクションの社長に真正面から歯向かうのはあまりにも無謀。

 

しかし思うんですよ。

こういう手合いはおじさん受けが良いと!!

 

社会人というかおじさんの中には結構な割合で存在するんですよ、若者に刃向かわれたり、ぞんざいに扱われたいおじさんというのが!

特殊な性癖の話ではなく、若者とのコミュニケーションという点で若者の方からグイグイ来るのを好ましく思うおじさんというのは少なくない数存在します。

何がハラスメントになるかわからない世の中……という世知辛い理由もあるのですが、体育会系おじさんたちは上昇志向がある人が好きなんですよね。

しかもしっかりとした実力があって、それでいて正攻法に拘っていて、こちらの手回しを振り払って真っ直ぐ進もうとする若さゆえの眩しさ……。

絶対おじさんたちは好きだよなぁ!!

 

歳を食って社会に出れば手練手管にブラックな手段はアウトですが、グレーな手段を使わざるを得ない時もあるでしょう。

学生という正攻法しか許されないが故にそのやり方で高みを目指し、大人たちの手を振り払って先へと直走る姿におじさんは光を見るのです。

 

ぶっちゃけアイドルをプロデュースしながらその実主人公をよく見てる人もいるんじゃないでしょうか?

 

続々とキャラシナリオが解放されて時計の針が着実に進んでいく学園アイドルマスター。

今後もおじさんたちの光、主人公がどれだけ成長するのか気になるところですね。

 

 

ではまた。

 

 

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第1224回 人権キャラって言葉に物申す

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おかげさまで第1224回です。

 

人権キャラという言葉をご存知だろうか。

主にソシャゲにおいて使用される言葉で、持っていて当然とされるキャラ、強さや唯一無二の個性などでコレを持っていないとただ遊ぶだけならともかく、プレイヤー同士の対戦やエンドコンテンツで戦う土俵には上がれなくても致し方無しというキャラのことです。

 

超絶火力やバフ盛り盛りで相手の防御をブチ抜いたり、ほとんど即死な火力を回避や防御でいなしたりとそのキャラがいないとどうしようもないなんてことも珍しくなく、下位互換になるキャラもいなかったりで代用できず、本当に高難易度の戦いになるとそのキャラを持っていないと門前払いなんてことが発生することがあるのです。

 

故に人権。

 

……でもそれっておかしくないかな?

 

日本国憲法第十一条において人権とは全ての国民に侵すことのできない永久の権利として与えられるとされています。

ソシャゲにおいて国民をプレイヤーと読み替えるならば、人権キャラとは遍く全てのプレイヤーに与えられなければならない!!

 

つまり!配布やイベント報酬キャラなどの条件を満たせば必ず手に入るキャラ、もっと言えばプレイ開始と共に手に入る初期キャラこそが「真の人権キャラ」と言えるのではないでしょうか!?

 

そもそも人権が、人権キャラが有料ガチャで手に入るという表現がおかしくはないでしょうか?

ゲームをスタートしたとて人権の無い状態でスタートなんてどんなアポカリプスモードなんですかねぇ!

 

しかもゲームによってはインフレや環境サイクルで人権キャラが変わる始末!

今の人権は〜って人権がコロコロ変わってたまるか!

せっかく引いた人権キャラがインフレについていけずに型落ちとなったらどうするんですか!?

手に入れたはずの人権を失ったとでも言うんですか!?

 

時にはコラボキャラが人権キャラと呼ばれることもあるわけですが、よその世界から人権を輸入するな!

よそのキャラが人権になってしまったら我々の世界が人権無き世界になってしまう!

 

人権キャラって言葉は初期キャラや配布キャラにこそ使うのが相応しい!

幸いなるかな、昔なら最初に選ぶ初期キャラはどうしようもなかったりちょっとクエスト進めれば掃いて捨てるほど手に入るものが多かったですが、近年のソシャゲは主人公に寄り添う相棒キャラが務めがち。

最後まで使えるようにアップデートもされる傾向にあり、始まりから常に側に寄り添ってくれた相棒こそが孤独に戦場を駆ける我々に残された原初の人権と言うべきではないでしょうか!?

 

とはいえ高難易度の戦いに挑むにはコイツがいないとどうにもならんというキャラが存在するのもまた事実。

その一方でただ遊んでシナリオを読むためならそこまで強くなくてもということもままあるため、こうしたキャラは(上位者にとっての)「常識キャラ」とか高難易度に挑むための「資格キャラ」とかそんな感じになりませんかねぇ。

 

人権を!買うな!!

 

ではまた。

 

 

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